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大阪高等裁判所 昭和62年(ネ)337号 判決

控訴人

駒姫交通株式会社

右代表者代表取締役

阪口林三郎

右訴訟代理人弁護士

板持吉雄

門間秀夫

竹林節治

畑守人

中川克己

福島正

被控訴人

小林功一

被控訴人

田中正矢

被控訴人

山本冨美男

右三名訴訟代理人弁護士

羽柴修

田中秀雄

深草徹

主文

一  原判決中控訴人敗訴部分を取消す。

二  被控訴人らの請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴の趣旨

主文同旨

2  控訴の趣旨に対する答弁

(一)  本件控訴を棄却する。

(二)  控訴費用は控訴人の負担とする。

二  当事者の主張

次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同一であるから、これを引用する。

1  控訴人

(一)(1)  タクシー会社の営業収入は、すべてタクシー運転手の稼働による水揚げに依存している。しかるに、タクシー運転手は、一度出庫すれば、帰庫するまでの間、会社の直接的な管理を離れて自由に営業区域内で営業を行い、その間の時間管理は、全くタクシー運転手の自由裁量に委ねられているため、タクシー運転手の労務管理等は、完全に自主的な自己管理によらざるを得ないのである。この時間管理を運転手が恣意的に行い、ハンドルを握らず走行をしないということになれば、水揚げは全く上がらず、結局、会社の営業収入が低下することになる。そのため、タクシー会社においては、タクシー運転手の取得する賃金をある程度水揚げ額と連動する形をとることによって、タクシー運転手に勤労意欲を持たせ、結果としてタクシー運転手の時間管理を行わざるを得ないのである。

(2) こうして、タクシー会社においては、大幅な歩合給制を導入するとともに、一定の足切線(控訴人会社においては、現在は二一万四五〇〇円)を設け、これ未満の場合には完全歩合制(控訴人会社においては三五パーセント)で賃金計算をし、同額以上の場合の賃金に比して、一五パーセント以上もの減額をするというペナルティーを課すことによって、運転手の自主管理による自覚と責任を求めているのである。しかも、控訴人会社においては、右足切線未満の場合の賃金額には、深夜手当も含まれている。これは、「労働協約、就業規則によって深夜業の割増賃金を含めて所定賃金が定められていることが明らかな場合には、別に深夜業の割増賃金を支払う必要はない」との労働省の通達(昭和二三年一〇月一四日基発一五〇六号)によっても是認されている。

(3) ところで、控訴人会社は、昭和四八年六月二〇日、控訴人会社の労働組合であった駒姫交通親睦会との間に、労働時間や賃金に関する協定書を作成して労働協約を締結した。右協定書では勤務形態は、いわゆる隔勤制と日勤制があり、隔日勤務者(以下「隔勤者」という。)の運転手は、いずれも月間一三乗務することとされ、その勤務時間は、午前一一時から翌日の午前一一時までの拘束二四時間であり、その間の休憩時間は四時間、仮眠時間は、午前二時から午前六時までの四時間であって、実働は一六時間である。したがって、隔勤者の深夜労働時間は、午後一〇時から翌午前五時までのうち、午前二時から午前五時までの仮眠時間を除く四時間であり、また、一乗務当り、仮眠時間に入る午前二時以降に洗車、納金等に要する0.5時間の見込残業時間が定められている。

そして、隔勤者の賃金は、次のように定められている。

(イ) 基準内賃金(基本給)

基本給は、日給とし、一日三二一六円、月間実乗務皆勤(一三乗務皆勤の場合)は八万三六一六円とする。

(ロ) 基準外賃金

歩合給は、公休表通り、所定の労働をし、当月の総水揚げが一八万二〇〇〇円(昭和四九年八月以降は二一万四五〇〇円、以下同じ)以上の場合は、総水揚げ額から一八万二〇〇〇円を差し引き、その残額に46.5パーセントを乗じた額とする。

時間外、休日、深夜に労働したときは、法定通りの割増し賃金を支払う。

(ハ) 深夜手当等

隔勤者の深夜労働に対する法定の割増賃金は、別紙計算式(一)によって計算された額であって、基本給と歩合給の合計額(割増賃金計算の基礎となる賃金)に、乗率0.0625を乗じた額である。しかし、深夜割増賃金を計算する乗率については、当時、労働者側から法定の0.0625を上回る0.07とするように要求があったので、控訴人会社はこれを了承し、右乗率を0.07とした。

また、当時、前記のように、一乗務当りの見込残業時間が0.5時間とされていたところ、右0.5時間に対する割増賃金は、別紙計算式(二)で計算した額であって、基本給と歩合給の合計額に0.046875を乗じた額である。

したがって、基本給と歩合給の合計額に、右0.07と0.046(小数四位以下は切捨て)を合計した0.116を乗じた額が、控訴人会社の現実に支払っていた深夜手当であって、これは法定の二割五分(二五パーセント)を超える額である。

そして、右賃金体系については、労使双方とも、労働基準法の定める深夜割増賃金が含まれているものと理解してきた。

(4) 一方、昼間のみ勤務する者(以下「昼勤者」という)の勤務時間は、午前八時から午後七時までで、その間に三時間の休憩時間があり、一か月二六乗務とされている。なお、昼勤者は、現行の賃金体系ができた昭和四八年六月から約一年を経過してから生ずるようになった。

ところで、一日の中で、タクシーの売上げが一番上がるのは、午後一〇時過ぎから午前一時頃までである。これは、午後一一時以降は、二割増しの深夜割増し料金となる上、地下鉄や電車などの営業も終了し、酔客をはじめとする顧客が多くなるためで、この時間帯をタクシー業界では、「ゴールデンタイム」と称している。

しかし、控訴人会社では、健康上の理由や家族の事情等で隔勤者として働くことができず、やむなく昼勤者となっている者がいるところ、右昼勤者は、ゴールデンタイムの稼働がないため、その収入は、隔勤者にくらべ、かなり少なくなっている。そこで、控訴人は、昼勤者の処遇を向上させるため、調整的、奨励的な意味で、昼勤者にも、前記隔勤者に対する深夜手当を算出する際の乗率0.116を、その基本給と歩合給の合計額に乗じた額を、調整手当として支給しているに過ぎないのである。

(5) 被控訴人らは、控訴人会社が、右のように、深夜勤務のない昼勤者に対して、深夜手当を計算する場合と同一の乗率(0.116)を用いて計算した額を調整手当(昼勤手当)として支給していることを奇貨として、二重に深夜手当の支払を要求するものである。

(6) なお、控訴人会社では、「基本給と歩合給と深夜手当の合計額は、押しなべて、水揚げの約五一パーセントとなり、従業員も、賃金はとにかく水揚げの五一パーセントという意識が強く、控訴人会社も同様の説明をすることがあった。」というような事実はない。

控訴人会社の従業員の受け取る賃金は、毎月の賃金ばかりでなく、賞与をも合わせて考えるのが通例である。特に、タクシー運転手については、毎月の賃金の外に、賞与、退職金相当分をも賃金に含めて考える風潮が強く、この考えに従って、控訴人会社の賃金を計算すると、押しなべて水揚げの五一パーセントではなく、約五五パーセントから六〇パーセントを超えるものもあって、一定していないのが実情である。

(二)  被控訴人らの後記主張は争う。

2  被控訴人ら

(一)  控訴人会社の右主張は、被控訴人ら主張の請求原因に記載の事実に反する部分はすべて争う。

(二)  深夜割増賃金は、深夜労働が昼間の労働に比べ、健康上支障があることなどから、深夜労働をしたものに対し、通常の賃金の二割五分(二五パーセント)以上の率で計算した額を支払わなければならないとされているものであるところ、控訴人会社で支払われている昼勤手当は、その算出方法が控訴人会社主張の「深夜手当」と全く同様であるから、深夜労働をしないものにも、「深夜手当」と同一の額が支給されていることになる。したがって、控訴人会社が「深夜手当」の名目で支払っているものは、深夜労働をしたか否かに関係なく支払われているのであるから、通常の賃金に外ならないというべきである。

控訴人会社主張の「深夜手当」(乗率0.116)が労働基準法に定める深夜割増賃金であるならば、従業員の水揚げがどんなに低くても、その者が深夜労働をした場合には、割合賃金と歩合給の合計額に0.116を乗じた額を深夜割増賃金として支払わなければならないところ、控訴人会社では、水揚げ額が足切り線(現在は二一万四五〇〇円)未満の者には、総水揚げの額の三五パーセントだけが支給され、深夜手当は一円も支給されていない。このことからも、控訴人会社主張の「深夜手当」は、労働基準法上の深夜割増賃金でないことは明らかである。

(三)  仮に、昭和四八年六月二〇日に控訴人会社と駒姫交通親睦会(労働組合)との間で、合意して作成された労働時間や賃金にかんする協定書(労働協約)の「深夜手当」が法定の深夜割増賃金であったとしても、右「深夜手当」は、遅くとも、夜勤をしない昼勤者が現れた昭和四九年六月頃から、控訴人会社が右昼勤者にも、「深夜手当」と同一の額、すなわち基本給と歩合給の合計額に0.116を乗じた額の支給を始めたのでその時から、控訴人主張の「深夜手当」は法定の深夜割増賃金でなくなり、割増賃金計算の基礎になる通常の賃金に、その性格が変ったものというべきである。

三  証拠〈省略〉

理由

一原判決事実摘示請求原因1(一)の事実、及び、同(二)のうち、勤務の終了時間が翌午前二時までであるとの点を除くその余の事実は当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、昭和五三年四月一日からは、右勤務の終了時間は翌朝午前三時までであると認められ、これに反する〈証拠〉は措信し難い。

請求原因1(三)の事実については、控訴人において明らかに争わないから、これを自白したものとみなす。

二被控訴人らは、請求原因1の(三)で支給された「深夜手当」は深夜労働をしない昼勤者にも支払われているから、労働基準法三七条所定の深夜割増賃金ではなく、同条にいう深夜割増賃金計算の基礎となる通常の賃金である旨主張するのに対し、控訴人会社は、被控訴人らに支給した「深夜手当」は、控訴人会社が労働組合との間に昭和四八年六月二〇日に締結した労働協約に基づき支給したものであり、労働基準法三七条所定の深夜割増賃金に他ならない旨主張するので、以下、右の点について検討する。

1 原判決事実摘示請求原因3の(一)の事実は当事者間に争いがなく、右事実及び前記一の事実に、〈証拠〉によれば、次の事実が認められる。

(一)  タクシー会社の営業収入は、すべてタクシー運転手の稼働による水揚げに依存しているところ、タクシー運転手は、一旦会社を出て就労を始めれば、社外での就労を終えて帰るまでの間、会社の直接的な監督を離れて自由に稼働し、その間の労務管理は完全にタクシー運転手の自主管理に委ねられているので、タクシー会社の営業収入をあげるためには、タクシー運転手に対する賃金の一定額の固定給の外、その水揚げ額に連動する歩合給の形をとらざるを得ないのであって、控訴人会社のタクシー運転手の賃金も、固定給である基本給と水揚げ額に応じた歩合給とで構成されてきた。

(二)  控訴人会社は、昭和四八年六月二〇日、当時、控訴人会社の全従業員をもって組織された唯一の労働組合であった駒姫親睦会(以下単に「労働組合」ともいう)との間に、労働条件や賃金に関する労働協約を締結し、これを記載した協定書(甲第三〇号証の二、三)が作成された。

(三)  右協定書(労働協約)では、以下のように定められた。

(1) 控訴人会社の勤務形態は、いわゆる隔勤制と日勤制とし、隔勤制は隔日の午前一一時から翌日の午前一一時まで拘束二四時間(但し、昭和五三年四月からは午前八時から翌朝午前三時まで)の勤務で、その間の仮眠時間が午前二時から午前六時までの四時間、また、休憩時間が四時間で、実働時間は一六時間と定められた。

(2) 一方、日勤制は、昼勤が午前八時から午後七時までの勤務、夜勤が午後七時から翌日午前六時までの勤務で、うちいずれも三時間の休憩があり、実働は各八時間であり、昼勤と夜勤は一週間ごとに交替することとなっており、隔勤者及び日勤者ともに、一か月の深夜労働時間は同一となるように定められた。

(3) 隔勤者の賃金については、基準内賃金(基本給)として、一日三二一六円、月間実乗務(一三乗務)皆勤の場合八万三六一六円とし、基準外賃金として、歩合給のほか、時間外、休日、深夜の各割増賃金に当たる各手当等があり、歩合給は、当月の総水揚げが一八万二〇〇〇円以上の場合、総額から一八万二〇〇〇円を差引いた残額に46.5パーセントを乗じたものとする。

(4) 時間外手当、深夜手当等は法定通り支給する(但し、当月の総水揚げが一八万二〇〇〇円に満たない場合、完全歩合制で、右水揚げ額に三五パーセントを乗じたものが給与として支給されるだけであり、深夜手当等は支給されない。)こととし、深夜手当及び時間外手当は、一乗務につき、全員が所定の午後一〇時から午前二時までの四時間深夜労働に従事したものとして、基本給と歩合給の合計額に、各法定の乗率0.25を乗じて計算されるところ、隔勤者の一か月一三乗務に対する深夜手当の計算式は、別紙計算式(一)の通りであって、基本給と歩合給の合計額に0.0625を乗じた額が法定の深夜手当である。

しかし、当時組合の要求により、右0.0625を上回る0.07の乗率で計算した額を深夜手当として支給することになった。

(5) 次に、控訴人会社では、仮眠時間に入る午前二時以降に、洗車、納金による深夜残業が見込まれていたので、これに対する深夜残業の割増賃金として、全員が0.5時間の深夜残業に従事したものとして、別紙計算式(二)に記載の通り、基本給と歩合給の合計額に、0.046を乗じた額を支払うことにした。

(6) したがって、控訴人の支払う深夜割増賃金は、基本給と歩合給の合計額に、右0.07と0.046とを加えた0.116(11.6パーセント)を乗じた額である。

(四)  そして、右協定書による協約は、その後昭和四八年八月に、46.5パーセントの歩合給支給の基準となる額(足切りの額)一八万二〇〇〇円が二一万四五〇〇円と変更された外は、その後現在まで変更がないところ、控訴人会社では、前記昭和四八年六月二〇日以降、右労働協約に従って、基本給、歩合給、及び、「深夜手当」すなわち深夜割増賃金を支払ってきた。

以上の事実が認められ、右認定に反する〈証拠〉は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

そうとすれば、控訴人会社が、昭和四八年六月二〇日以降その従業員(運転手)に支給していた賃金のうち、労働基準法三七条所定の割増賃金算定の基礎となる賃金(以下「通常賃金」ともいう)は、基本給と歩合給の合計額であって、これに0.116(11.6パーセント)を乗じて算出した額であるいわゆる「深夜手当」は、名実ともに、右同条に定める法定の深夜割増賃金であったというべきである。

2  次に、原判決事実摘示請求原因3の(一)の事実及び同(二)の事実のうち被控訴人ら主張の手当が、昼勤者についても、給料明細書のうえでは、昭和五七年五月分まで「深夜手当」という名目で支給されてきた(但し、同年六月分から「昼勤手当」という名目に変更された)こと、以上の事実は、当事者に争いがなく、右争いのない事実に、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。すなわち、

(一)  前記協定書による労働協約は、勤務形態として、隔勤制と日勤制だけを予定していたところ、右協定書作成後約一年を経過した頃から、健康上の理由や家庭の事情等で昼間しか勤務できない運転手が現れたので、控訴人会社では、右昼間のみの勤務を認めるようになり、以後は、隔勤制の外、昼間のみ勤務する者と夜間のみ勤務する者とのある変則的日勤制(昼間勤務の勤務時間は、昭和五三年四月一日以降は、毎日午前七時から午後五時、夜間勤務の勤務時間は、右同日以降毎日午後六時から翌午前四時までである。なお、この点については当事者間に争いはない。)となった。

そして、その後も現在まで、控訴人会社では、隔勤者や夜勤者に対し、前記協定書による協約に定められた通りの「深夜手当」を支払っている。

(二)  ところで、タクシー業については、午後一〇時から酔客をはじめとする顧客が増え、またその後、地下鉄や電車等の交通機関が営業を終了した後は、通常はこれらを利用して帰宅する人がやむなくタクシーを利用することも多くなるし、また、午後一一時以降は、タクシー料金が二割増の深夜料金となるので、一日のうちで、午後一〇時頃から翌朝午前一時頃までの間が最も効率よく水揚げの上がる時間帯であって、タクシー業界では、右時間帯をいわゆるゴールデンタイムとも呼んでいるところ、昼勤者は、右のように効率よく水揚げのあがる午後一〇時頃から翌朝午前一時頃までの時間帯に勤務をしないので、午後一〇時頃から翌朝午前一時頃までの時間帯に勤務する隔勤者や夜勤者にくらべ、一般的にその水揚げが少なくなって、各運転手の収入が低額になる。

(三)  そこで、控訴人会社では、前述の如く、健康上の理由や家庭の事情等で、夜間勤務をすることのできない昼勤者の待遇を改善するために、深夜労働をしない昼勤者にも、恩恵的かつ奨励的な手当として、前記深夜手当と同一の率及び方法で計算した額、すなわち、昼勤者の基本給と歩合給の合計額に0.116を乗じた額を、当初は「深夜手当」の名目で支給し、その後、昭和五七年六月分からは、「昼勤手当」の名目で支払してきた。

なお、右のように、隔勤者に支払う「深夜手当」を算出する場合と同一の率及び方法で計算した額の手当を昼勤者に支払っても、一般的に、昼勤者の歩合給が隔勤者にくらべて低額であるので、昼勤者が右手当として受けとる現実の金額は、隔勤者にくらべて少なかった。

(四)  控訴人会社が、右のように深夜労働をしない昼勤者に対し、深夜労働をした者に支払う「深夜手当」と同一の率及び方法で計算した額を支給することについては、これに誤解ないし疑問をもつものもあったので、控訴人会社では、昭和五四年に、労働組合に対し、(1) 昼勤者に対する従来の「深夜手当」の名目で支払っていた手当は、今後支給しない、(2) 昼勤者と夜勤者との勤務については、当初の通り、二部交代制とし、昼勤と夜勤とを一週間毎に交代する、という案を提案したが、従業員のなかには、どうしても夜勤のできない者があり、かつ、その者の収入が減ることなどから、右案に労働組合が反対したので、交渉の結果、控訴人会社と労働組合との間で、昭和五四年七月九日、「現在、勤務体系として行なっている日勤制度(昼勤、夜勤)の内、昼間勤務者については、深夜手当分が減ずるので、深夜手当相当分を昼勤手当として支給し、現行賃金協定書通りの支給率になる様に計算する。但し、右記の取扱等については、次回賃金改訂時に協定内容として消化する。」との合意がなされ、その旨の覚書が作成された(乙第二号証)。

(五)  また、控訴人会社では、昭和四八年六月二〇日以降は一か月一八万二〇〇〇円、同四九年八月一日以降は一か月二一万四五〇〇円以上の水揚げのあるものについては、その者が現実に午後一〇時から翌朝午前二時三〇分までの深夜労働及び深夜残業をしなかった場合でも、所定の基本給と歩合給の外、その合計額に前記0.116を乗じた額を「深夜手当」として支給していた。

また、一か月の額が右一八万二〇〇〇円ないし二一万四五〇〇円に満たないものについては、その者が午後一〇時から午前二時三〇分までの深夜労働及び深夜残業に従事したことが仮にあったとしても、その水揚げ総額に0.35(三五パーセント)を乗じた額を支給し、別に深夜手当の名目で手当を支給していないが、右乗率0.35は、通常の歩合給の乗率に労働基準法三七条所定の深夜割増賃金の率を加えて算出したもので、右0.35のなかには深夜割増賃金が含まれている(乙第三〇号証の六条(ロ)参照)。

(六)  以上のような控訴人会社の賃金の支払方法について、これまでに労働組合から控訴人会社に対し、控訴人会社が隔勤者や夜勤者に対して支払っているいわゆる「深夜手当」は、労働基準法三七条所定の深夜割合賃金ではなく、右深夜割増賃金算定の基礎とすべき通常の賃金であるとし、現実に深夜労働をした者に対する法定の深夜割増賃金が支払われていないとして、右とは別個に、基本給、歩合給といわゆる「深夜手当」の合計額に、法定の0.25(二五パーセント)を乗じた額を「深夜手当」として支給するよう求めたことはない。

(七)  なお、控訴人会社のようなタクシー会社では、その従業員であるタクシー運転手が、会社を出てから帰るまでの長時間、使用者である会社の管理、監督を離れて就労するのが常態であるから、従業員であるタクシー運転手の就労時間中の勤務状態については、不完全ながらタコメーター等により把握できる以外に、会社がこれを直接把握し管理する方法がないので、右タクシー運転手が午後一〇時以降午前二時三〇分までの間において、現実に深夜労働等に従事した時間を正確に把握することは、事実上不可能かないしは著しく困難である。

以上の事実が認められ、右認定に反する〈証拠〉は信用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

3  そして、以上認定の事実からすれば、控訴人会社では、昭和四九年頃以降、午後一〇時から翌朝午前二時三〇分までの深夜労働等に従事しなかった昼勤者に対しても、右深夜労働等に現実に従事した者と同一の率及び方法で算出した手当を支給し、また、隔勤者及び夜勤者に対し、その者が現実に午後一〇時から翌朝二時三〇分までの深夜労働等に従事しなかった場合でも、一か月の水揚げ額が二一万四五〇〇円以上の場合には、前同様の率及び方法で算出した手当を支給していたけれども、前記昭和四八年六月二〇日に控訴人会社と労働組合との間で締結された協定書による労働契約(これは現在でも有効に存続している)では、労働基準法三七条所定の割増賃金を算出する場合の基礎となる通常の賃金は、基本給と歩合給の合計額とされ、これに、前記乗率0.116(11.6パーセント)を乗じて算出した額は、深夜割増賃金とされているから、これに基づき、隔勤者及び夜勤者に支払われてきた「深夜手当」は、労働基準法三七条所定の深夜割増賃金というべきである。そして、これと同一の率及び方法で算出した手当が昼勤者やその他現実に深夜労働に従事しなかった者に支払われていたのは、単に収入の低い者やその他の者に対する優遇措置ないしは奨励的な措置として恩恵的に支払われていたに過ぎないと認めるのが相当であるから、右事実をもって、控訴人ら主張の如く現実に午後一〇時以降の深夜労働等に従事していた隔勤者や夜勤者に支払われていた「深夜手当」は、労働基準法三七条所定の割増賃金ではなく、割増賃金算出の基礎となる通常の賃金であるとは認め難い。

なお、右のような認定判断に対しては、現実に深夜労働をしない者も、現実に深夜労働をした者と同一の率及び方法によって算出された手当を支給されることになって、現実に深夜労働に従事した者との関係で、実質的に不公平ではないかという疑問が指摘されないではないが、深夜労働に従事できない者に対し、深夜労働をしないことによる低収入を補うために特別の手当を支給することは、労働基準法上何らさし支えないから、深夜労働に従事しなかった者に対して支給される手当が、たまたま現実に深夜労働に従事した者に対して支払われる「深夜手当」と同一の率及び方法によって算出されているからといって、これをもって、不当、違法な扱いであるとし、現実に深夜労働をした者には、さらに別途に労働基準法三七条所定の二割五分の割増賃金を支払うべきであるとは到底認めることができない。

さらに、被控訴人らは、控訴人会社では、水揚げ額がいわゆる足切り線(二一万四五〇〇円)未満の者には、基本給の外、総水揚げ額の三五パーセントだけが支給され、深夜手当は支給されていないと主張するが、総水揚げの額に三五パーセントを乗じた額のなかには、法定の深夜割増賃金が含まれていることは前記認定の通りであるから、被控訴人らの右主張は採用できない。

4 次に、被控訴人らは、昭和四九年六月頃から、右協定書による労働協約の予定していない昼勤者と夜勤者とが分離する変則的日勤制の勤務形態が発生し、深夜労働に従事しない昼勤者が現われたのに、右昼勤者に対しても、深夜労働に従事した隔勤者に支払われる「深夜手当」が支払われているから、これにより、右時期から、「深夜手当」の性格が変質し、右「深夜手当」は深夜割増賃金計算の基礎になる通常の賃金となった旨主張するところ、深夜労働に従事しない昼勤者に「深夜手当」名義の手当が支払われてきたこと、及び、右手当が深夜労働に従事する隔勤者と同一の率及び方法によって算出されていたことは、前記の通りであるが、右は昼勤者の待遇改善のために恩恵的に支払われていたに過ぎないのであって、そのことから、直ちに右「深夜手当」の性質が変質し、右「深夜手当」は、割増賃金の基礎になる通常の賃金となったと認めることのできないことは、前記23に認定判断したところから明らかである。したがって、被控訴人らの右主張は採用できない。

三そうすると、被控訴人らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくすべて理由がなく、棄却すべきであって、右請求の一部を認容した原判決は、右認容部分につき不当であるから、右部分を取消し、この部分に関する被控訴人らの請求を棄却することとし、訴訟費用につき民訴法九六条、八九条、九三条に従い、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官後藤勇 裁判官東條敬 裁判官横山秀憲)

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